ukiuki diary

ウキウキすること♪

生活機能の過大評価

農業とは、毎年毎年、大地を限定的過(剰施肥は、農作物にとって逆効果)に豊かにしておく行為でもある。化学肥料のない時代では、雑木林の落葉や雑草は、人糞やよろずのものを焼いた後に残る灰分とともにこの循環のなかに組み込まれていた。そう、雑木林(山里や屋敷林)は、第一義的には、絶対なくてはならない肥料の生産工場であり、薪炭材の供給源であったのだ。だから、堆肥生産工場としての緑はステータスシンボルであり、ここで生産される肥料や枯れ枝薪(炭材)等を小作人に利用させることによって、地主の権威は絶対的なものになるのだった〔第二次世界大戦後、農地改革の激動のなかで、山林が解放されないことをもつて地主制が温存される、と説く人たちがあった。彼らの主張の論拠は、山林のこれらの生産。生活機能の過大評価にあった。これは、緑が生産。生活のなかにいかに強固に組み込まれていたかの証左である〕。それはともかく、三ハ〇〇年を中心にして盛んにおこなわれた河川流域の沖積層平野や沼地等を新田へ開拓することによつて、自然界の肥料(沼地に自生していたアシ等)は、消滅した。そのため、肥料も人のかかわりあいのなかで生産しなければならないものになる。

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